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店主挨拶

四畳半商店の百々と申します。
この事業をしている理由を、少しお話したいと思います。

僕は小さい頃から、自然を感じられる機会が多くありました。
近くの山を犬と散策したり、川で釣りをしたり。
夏休みに過ごした、祖父母の藁葺きの古民家は特別な思い出でした。
縁側では日差しが心地よくて、風の通る気持ちの良い、昔の日本の家でした。
自然と人の暮らしが一体になった最高の空間でした。

高校生の時に、初めて自分の部屋を与えてもらいました。
離れに建てたプレハブ小屋でした。
壁紙の柄が気に入らなくて、板を貼って、ペンキで真っ白に塗り直したり、絵を描いたりしました。
それがインテリアや家具を学ぶきっかけになりました。

専門学校ではデザインと家具製作を学んだ後、家具製作の仕事に就きました。
生意気な僕はいろんな所で先輩と衝突し、自分を見失っていきました。


「自分の殻を破りたい」という気持ちで、英語も喋れずにのぞんだのが
青年海外協力隊でした。
フィリピンでの3年間は苦しい事もありましたが、自分の中の小さな世界を広げてくれました。

フィリピンには日本で知られていないような、美しいものづくりがあることを知りました。
先住民族の人々が作り出す、モノの純粋さに感動しました。

四畳半商店では日本の暮らしに合う、海外の民芸品や工芸品を中心に扱っています。
出来るかぎり誰も知らない様なモノを紹介していく事が、僕の出来ることなのではないかと考えています。

四畳半商店はモノを売っていますが、伝えたいのは文化・手仕事・自然です。
異文化に触れる事で、文化の違いに気付き、自文化を知るのだと思います。
それはきっと人間にとって非常に大事なことなんじゃないかと思っています。

四畳半商店は2017年9月に始まったばかりですが、次の目標があります。
自然豊かな場所に、様々な文化が共に在る、寛容な場を作ることです。
閉じこもってしまわない様に、いろんな人がいて良い場所になったら最高だと想像しています。

前向きに一歩一歩進んでいきます。
宜しくお願い致します。

百々 幸雄

店主の今まで

 

百々 幸雄  (店主ドードー)

Sachio Dodo / Owner

・埼玉県寄居町に生まれ。

山や川で遊び、自然に囲まれて育つ。

夏休み、農家の祖父母の藁葺きの古民家で過ごした経験から、

日本の家の心地良さを知る。

 

・中学時代の反省。

中学1年の時、両親が離婚。母親と兄妹4人暮らし。

色々なことがあり、荒れた。

沢山の人に迷惑をかけ、内省するようになる。

 

・高校2年の時、初めて自身の部屋(プレハブ小屋)を与えてもらう。

壁紙の柄が気に入らず、自身で壁を貼り、家具を作り始める。

インテリアに興味を持つきっかけになる。

 

・専門学校日本デザイナー学院インテリアデザイン科に進学。

卒業制作は縁側の広い大きな住宅の設計。

デンマークの家具デザイナーHans. j . Wegnerに憧れる。

展覧会で偶然居合わせた新居猛さんの言葉によって、家具への考え方が変わりだす。

アルバイト、プレハブ小屋生活、真冬に徹夜という生活で卒業制作後、結核になる。

結核と言うだけで、避けられる。健康が一番大事だと知る。

 

・埼玉県立川越高等専門技術校飯能分校に進学。

かんなの研ぎ方から機械の使い方まで、家具製作を学ぶ。

昼休みも鉋研ぎの練習。すべてが面白かった。

 

・建具・家具製作会社に勤める。

木曽アルテック社 齋藤社長に出会う。

ものづくりの厳しさ、面白さ、同時に自身の弱さを知る。

自分を変えたいという思いから、飛び出すように協力隊に挑戦し、フィリピン行きが決まる。

 

・青年海外協力隊に参加する。

2年間、フィリピン・パナイ島の公立高校で家具製作指導に携わる。

正直苦しかった2年間、不完全燃焼で、悔いが残った。

ただ、フィリピンでの生活や異なる文化に触れ、自身の人生観に大きな影響を与えた。

そして、自分は自分でしか変えられないことを知る。

 

・アメリカへ短期語学留学する。

ピーボディ考古学&民族学博物館で見た、北米ネイティブアメリカン・ハイダ族のトーテムポールに衝撃を受ける。

世界の民族の作るモノの、偉大な力に引き寄せられていく。

 

・再度、青年海外協力隊としてフィリピンへ 。

ミンドロ島の農民達と、ココナッツシェルを使ったクラフト製作事業に1年間携わる。

先住民マンギャン族の作る美しい工芸品に感銘を受ける。

ビジネスとして継続したいと思うようになる。

 

・帰国後、IT系企業に就職。

2年後の2017年9月、腹が決まり独立。


・現在に至る。